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四 萬民の上に位する者、己れを愼み、品行を正くし、驕奢を戒め、節儉を勉め、職事に勤勞して人民の標準となり、下民其の勤勞を氣の毒に思ふ樣ならでは、政令は行はれ難し。然るに草創の始に立ちながら、家屋を飾り、衣服を文り、美妾を抱へ、蓄財を謀りなば、維新の功業は遂げられ間敷也。今と成りては、戊辰の義戰も偏へに私を營みたる姿に成り行き、天下に對し戰死者に對して面目無きぞとて、頻りに涙を催されける。

 人間の成長は、嬰児の時から一七、八年もの月日をつむと、肉体がととのい、情感が溢れ、思索が方度なく湧いてくるようになる。こうした豊饒のなかでは、つきつめる自己探究は放心に変身するほど懐疑的である。
 啄木は右の書簡のなかで、そうしたことを、自分は生来「頑迷」であり、人から「神童」だと言われ、「益々この性を増長せしめた」というように言い表わしている。彼は感性の豊饒と思索の過度のなかで、索々不安を生きていたのである。
 啄木はこうした錯迷と懐疑のうちから自分をとり戻さねばならなかったのだろう。だから、デカルト命題に触れるや、彼の魂が火花を発したのである。この火花のなかで、彼は愛人(節子)を、考える自分の第二の存在だと言っている。自分をとらえることの深さ、それがあの書簡に表現されているのである。

 涯もない曠野、海に起伏す波に似て、見ゆる限りの青草の中に、幅二尺許りの、唯一條の細道が眞直に走つてゐる。空は一面の灰色の雲、針の目程の隙もなく閉して、黒鐵の棺の蓋の如く、重く曠野を覆うてゐる。
 習との風も吹かぬ。地球の背骨の大山脈から、獅子の如く咆えて來る千里の風も、遮る山もなければ抗ふ木もない、此曠野に吹いて來ては、おのづから力が拔けて死んで了ふのであらう。
 日の目が見えぬので、午前とも午後とも解らないが、旅人は腹時計で算へてみて、もう二時間か三時間で日が暮れるのだと知つた。西も東も解らない。何方から來て何方へ行くとも知れぬ路を、旅人は唯前へ前へと歩いた。
 軈てまた二哩許り辿つてゆくと、一條の細路が右と左に分れてゐる。